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『ルームシェア 素顔のカレ』のソーシャルゲーム(GREE&mobage)版、菊原千尋ルート・Episode:3のネタバレ。 プレイ画面のヒロイン名は**、ペット名はノワール。
SS画像内のヒロイン名は未修整ですので、他人の名前に抵抗がある方は閲覧をお止めください。
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画像満載なので、ページ表示に時間がかかる場合があります。




⇣⇣ 以下、ネタバレ ⇣⇣



■…ヒロイン ■…創一 ■…千尋 ■…裕介 ■…文太 ■…大輔 ■…和人 ■…なずな ■…桃 ■…アキオ ■…砂原 ■…小早川

菊原千尋・Episode:3 『入室禁止!?』 



1/10

myroom.jpg
 仕事が早く終わったある夜―。私はぼんやりとクッションを抱えて寝転んでいた。
**(夕飯も食べてお腹もいっぱいだし……こうやって自分の部屋でリラックスしてる時間って幸せかも……)
 そこでハッとなって起き上がる。
**(なんか私……小鳥邸での生活に居心地のよさを覚えてない!?)
**「……ダメダメ!」
**(部屋ではこういう恰好もできるけど、廊下に出ると誰に会うかわからなくて気は抜けないし)
**「一刻も早く、新居を見つけないと……!」
**(そういえば不動産屋のおじさん……あれから何も言ってこないな)

 明日の昼休みにでも、連絡してみようかと考える。
 と、その時、外の方からノワールの鳴き声が聞こえたような気がした。
**「ん? ノワール?」
 部屋の窓を開けて覗いてみる。
**(あれ? いない……確か、今、鳴き声したよね?)
 になったので、私は部屋を出て声のした方に行ってみることにした。


atelier01.jpg
**「ノワールー、ノワールー」
 名前を呼びながらキョロキョロする。すると、前を行く、ノワールの姿を見つけた。
**(あ、いた)



**「ノワール」
 名前を呼ぶと、ノワールは私に気づき、こちらに駆け寄ってきた。
**(ふふ……可愛い)
 私は頬杖をついて、庭に落ちていたボールを投げてやる。ノワールは嬉そうにはしゃぐ。
**「あっ、こら! そんなにはしゃいだら顔に泥が……。もう、しょうがないな」
 私はポケットからハンカチを取り出すと、ノワールの顔の泥を拭いてあげる。
 と、その時、アトリエの方からピアノの音が聴こえてきたのに気づいた。
**(あ……)
**「菊原さん、今日も練習してるんだな……」

 私はかすかに聴こえてくる、その音色に耳を傾ける。


2/10
atelier01.jpg
 あれから菊原さんとは、2人きりでは顔を合わせはいない。
**(……ご飯のときにテーブルにはいるけど……。元々、菊原さんってみんながいる席で率先してしゃべる方じゃないし……)
 最後に2人で会話をしたのは、菊原さんの部屋でのあの時―。

 壁際で顔を覗き込まれ、私は動けずにいて……。

千尋「男の部屋に無断で入って来るとは……いい趣味しているね」

千尋「……視力がよければ、キミになんかこんなことしない……かな」

千尋「顔、赤いけど……」


 今、思い出しただけでも赤くなる。
**(食事のときは、なるべく思い出さないようにしてたんだけど……)
 『ふう~』とため息を吐くと、私は顔を上げた。
**「あれ? ノワール?」
 いつの間にかハンカチで泥を拭いていたはずの、ノワールの姿が無くなっている。
**「ノワール~」
 名前を呼んだら、遠くの方でかすかな鳴き声が聞こえた。
**「そっちなの? ノワール」
 声のした方に歩くと、ノワールはアトリエの方に向かっていくところだった。
**(また、アトリエか……)
**「本当、アトリエが大好きなんだな~」

 微笑んでその後姿を見送った。
 アトリエからは、ピアノの音。
**「……」
 曲名まではわからないけれど、強弱によって演奏が大きくなったり小さくなったりするのが聴こえる。
**(何の曲だろう……向こうに行って聴いてみたいな)
 けれど、部屋での一件を考えると、なんだか行きづらい。
**「でも、ノワールを追うだけなら大丈夫か……」
 声に出してわざわざ宣言する。
 私はノワールを追って、アトリエの方へと向かった。


3/10

**「ノワール……?」
 アトリエに入ると、小さな声で呼んでみた。すると廊下の奥の方に、ノワールのうずくまっている姿を見つける。
**(いた……)
 近づいてみると、何かを食べているようだった。
**「おやつ……?」
 ノワールは食べ終えたようで、ペロペロと口の周りを舐めている。
**「キミは……こんな時間におやつ食べてたの?」
**(誰がおやつをあげたんだろう……?)

 不思議に思いながらも、しゃがんでノワールの顔を拭いてあげた。
**「それにしても可愛いな~新しい新居が見つかったら、キミも一緒に連れて行きたいな~」
**(……って、そんなの無理か。ここでずっと飼われてたんだから)

 満足そうにしているノワールを撫でながら、そんなことを思っていた。
 と、その時、カチャッと音がし、玄関から誰かが入ってくる気配がする。
??「ん……?」
**「あ、こんばんは……」

 それはカメラの機材を抱えた、文太さんだった。 

文太「アトリエにいるなんて……珍しい」
 文太さんは機材を運び入れながら、首を傾げる。
**「あ……いえ、あの、ノワールと遊ぼうかなって……」
 ピアノの部屋からは、相変わらずピアノのメロディが聴こえている。
**(……ノワールを追ってきたのは本当のことだし、別におかしくないよね)

文太「へぇ、そうなんだ?」
 文太さんは機材と一緒に、写真の入ったファイルのようなものも反対の手に持っている。
**「あの……二階まで運ぶの、手伝いましょうか?」

 かさばるように見えたのでそう聞いてみると、クスッと笑われた。


4/10

文太「……平気。いつもこれくらいの荷物だから」
 そして階段を上りかけると、こちらを見る。

文太「もしかして、また写真見たいの?」
**(あ……)
 私は小鳥邸に来た最初の頃、中庭でモデルさんが写るたくさんの写真を見せてもらったことを思い出した。 
**「新しい写真、あるんですか?」

文太「うん。ちょうど今、広げようと思ったとこだけど……」

文太「見る?」
 文太さんは階段の途中で足を止めて、そう聞いてきた。

 A:見せてもらう
**「いいんですか?」
 思わずそう尋ねると、文太さんは頷く。 

文太「別に構わないけど」  
**(……あのお洒落な写真……見たいけど)
 ピアノの部屋に目を向けると、今は音が止んでいるようだった。
**「じゃあ、ちょっとだけ……」
 そう言って立ち上がる。すると足元のノワールが、ハンカチを口にくわえてパッと急に走り出した。
**「あっ」
 見るとノワールは、そのままピアノの部屋の方に行く。
**「ちょっと、ノワール! ……文太さん、ごめんなさい。また今度にします」
 そう言って文太さんに謝ると、私はノワールを追ってその場を離れた。

 B:遠慮する

**(見せてもらいたいけど……)
 ノワールを撫でながら、耳はピアノの音に集中してしまう。
**(やっぱりピアノ……聴きたいかな)
**「やっぱり今日はやめておきます……」


文太「……そう?」
 文太さんは少しだけ意味ありげにクスッと笑う。
**(あ、なんか誤解されてないかな)
 そう思ったとき、ノワールは私のハンカチをパッとくわえると、ピアノの部屋の方へと走って行ってしまった。
**「あっ、ハンカチ……。ごめんなさい。じゃあ……」
 文太さんに断って私はノワールを追いかける。

文太「……ノワールね」
 文太さんはそう呟いたけれど、走ってそこを去った私の耳には届かなかった。


**「どこ行くの……!?」
 ようやく追いつくと、そこはやはりピアノの部屋の前だった。ドアの近くにハンカチが落ちていたので私はそれを拾った。ノワールはピアノの部屋の扉を、前足でガリガリと開けようとしていた。
**「ここに入りたいの?」
 私はしゃがんでノワールを覗き込んだ。
**「そっか……キミも菊原さんの音色が好きなんだね」
 思わず自然と顔がほころぶ。


5/10


**「でもね、今は邪魔しちゃダメだよ」
 そう言って私は、ノワールを抱き上げると立ち上がった。
 と、その瞬間――。
 カチャッ……と、ドアが開く音。扉がゆっくりと開かれる。
**(あ……)

 目の前には、菊原さんの姿があった。
 菊原さんは私を見ると、ため息を吐く。

菊原「また、キミか……」
 そしてジッと私を見つめる。
**「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったんですけど……ノワールがこの部屋に入りたがってたみたいで……」
**(……って、本当のことなのに、まるで言い訳しているみたい)


菊原「あぁ……」
 菊原さんはノワールに視線を落とすと、

菊原「悪いが、ノワールは部屋には入れられない」
Screenshot_2013-06-15-13-26-40.jpg
 そう、無表情で言うと目をそらした。
**(入れられない……)
 なんだか自分に言われたみたいな錯覚を起こした。
**「そうなんですね……」
 私は無意識にノワールの頭を撫でると。
**「……ごめんね」
 と、呟いて、そのまま帰ろうとした。
 その時――。

菊原「……ってない」
**「え?」
 菊原さんが何か言葉を発したような気がして、思わず振り向く。

菊原「だから……ダメとは言ってないって、言ったんだ」
**「え……でも、今、ノワールはダメだって……」
 すると菊原さんは面倒そうに息を吐く。

菊原「ノワールを部屋に入れるのはダメと言ったが……キミはダメとは言ってない」

 そう言うと、フッと微笑んでドアを開く。そしてドアを開け放したまま、ピアノに向かうために背を向ける。
**(……それって……私は入っていいってことだよね?)
 私はノワールを廊下に放すと、『ごめんね』と、もう一度言って、部屋へと足を踏み入れた。


Screenshot_2013-06-15-13-35-34.jpg
 部屋に入ると、菊原さんは床に譜面を広げて整理をしていた。
 よく考えると、自分から『聴いていいですか?』と尋ねていないのに、部屋に入れてくれたのだと気づく。
**(……ちょっと、嬉しいかも)
 私は菊原さんの邪魔にならないように、部屋の隅にイスを置くと、そこに静かに腰掛けた。

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6/10

 すると菊原さんが顔を上げる。

菊原「……どうして、そんな端に座ってるんだ?」
**「あ……邪魔になったら悪いかなって、思ったので……」

菊原「邪魔なら、ここに入れてない……」

 そう言うと、また譜面に視線を戻す。
 そっけない言い方なのに、言葉には優しさを感じる。
**(……なんか今日の菊原さん、機嫌いいかも)
**「じゃあ……」

 私はイスをもう少しだけピアノの近くに運ぶと、そっと再び腰をかけた。
 床にはたくさんの譜面が広げてあって、私は思わずため息をつく。
**「すごい……」
 つい、言葉が漏れてしまうと、屈んで譜面を手にかけていた菊原さんがこちらを見た。

菊原「……なにがすごいの?」
**「いえ、この音符の数というか……細かくてびっしり音符が並んでるのに。これを見て曲を弾くんだなって……」

菊原「……」
 菊原さんが黙り込んだので、私はハッとする。
**(……すごい失礼なこと言っちゃった。プロのピアニストに向かって……)
 せっかく今日は柔らかい雰囲気でいてくれているのにと、焦って言葉を被せる。
**「わ、私……音楽の時間とかでしかちゃんと音符を見たことがないので。だからこんなに細かい譜面を見るのは初めてで……。友達と見よう見まねで休み時間に『猫踏んじゃった』は弾いたことあるんですけど……。あ、でもあれは弾いたうちに入らないか。さわりしか弾けないし……」

 一気にまくしたてると、菊原さんがクッと笑う。
**(あ……)
  そして抑えていたのが我慢できないように、クスクスと笑い始めた。

菊原「キミは……素直なんだな。大体の人間は、こういう譜面を見ると知ったかぶりするのに」
**「え……」
**(……なんか、褒められたのかそうじゃないのか)

 その言葉に恥ずかしくなって赤くなる。

▲TOP


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 すると菊原さんは、譜面を重ねながら優しい声音で言った。

菊原「……『ショパンのエチュード』って、言うんだ」
**「え……?」

菊原「この間……キミが子守唄代わりに聴いた曲」
**(あぁ……やっぱりそうだったんだ。ん?)
**「こ、子守唄って……だからあれは……」

 慌てて訂正しようとすると、目を細めて呟く。

菊原「別名……『別れの曲』とも言う……」
 そう説明してくれる表情があまりにも温かに見えたので、私はつい見惚れてしまった。
**(菊原さん、ショパンが好きなのかな……それか本当にピアノが好きなんだな)
 そういう話をしてくれただけで、少しだけ菊原さんと距離が近くなったような気がする。
 菊原さんは立ち上がると、ピアノの前に座った。と、その拍子に、荷物の近くにおつまみのような袋が見える。
**(あれ? あれって、もしかしてこの間、コンビニで買った……)
 そこでさっきのノワールの様子を思い出した。
**「あの……そういえばここに来る前、ノワールがおやつを食べてたんですけど……」

 菊原さんは、話を聞いているのかいないのか、無表情で譜面を台にセットする。
**(菊原さんがノワールにあげたんじゃないのかな……?)


 A:あげたか聞いてみる

**「もしかして……菊原さんがおやつあげたんですか?」

菊原「おやつ……?」
**「はい……ノワールが今、おやつを食べていたので……」

 すると菊原さんは譜面から顔をあげるが、こちらを見ないで答える。

菊原「さぁ……知らないな」
 そう言ったのち、菊原さんは荷物の上に上着を載せてしまったので、おつまみの袋は視界から消えた。

 B:聞いてみたいがやめておく

**(……聞いてみたいけど)
 チラッと菊原さんを見ると、すでにピアノにスタンバイしている。
**(邪魔しちゃ悪いよね)
 そう思った私は、諦めて座りなおした。
 と、譜面が一枚、床の隅に忘れられているのに気づく。
**「あ……」
 私は立ち上がると、それを拾おうと屈んだ。するとスッと長い指が前をかすめ、譜面に手をかける。
 顔を上げると、すぐ近くに菊原さんの姿があった。

菊原「……大丈夫……拾わなくていい」
**「えっ?」

菊原「……自分で拾うから……キミは余計なことはしなくていい」
 そう言うと、すぐに拾って荷物のそばにその譜面を置いた。その様子を見ていると、やはりその隣にあるおつまみが目に入ってしまう。
**「あの……もしかしてノワールにおやつをあげたのって菊原さんじゃ……」

菊原「悪いが、俺じゃない……」
**「そうですか……」



菊原「今のことといい、キミは少し立ち入り過ぎる……」
**(あ……)
 せっかく距離が近くなったと思ったら、また離れてしまったような気がした。

菊原「……キミは曲を聴きにきたんだろう?」
**「はい……」

 私が返事をすると、菊原さんはもう一度ピアノの前に座った。

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**(菊原さん、ノワールのこと好きじゃないのかな……?)

 なんとなくそう思って、ピアノの前に手をかける菊原さんをジッと見つめる。

 すると菊原さんはふいに私の方を向いて、フッと微笑んだ。

菊原「悪いが……前みたいに寝たら、そのまま置いて帰るから」
**「ね、寝ませんよ」
 慌てて反論すると、おかしそうにクスッと笑われた。
 長い指が鍵盤に置かれる。その指がしなやかに動きだすと、部屋中に美しい旋律が響き渡る。
**(わぁ……やっぱり、すごいな……)
 その曲は、たった今、教えてもらった『ショパンのエチュード』だった。いくつもの和音が重なるそのメロディを聴いていると、さっき見た音符が部屋いっぱいに広がるイメージが浮かぶ。
 菊原さんは時おり瞳を閉じ、気持ちよさそうに弾いていた。
**(菊原さんの音色は……本当に心地いい)
 私も瞳を閉じると、今度は眠ることなく、彼の創りだす曲の世界へと引き込まれていった。



 翌日―。

 千尋はある瀟洒(しょうしゃ)な造りの家の門を開けようと、扉に手をかけた。ここは千尋の師匠でもある、ピアノの先生の自宅。普段はここへ、レッスンを受けに通っている。
 いつものように楽譜の入ったカバンを小脇に抱え、中に足を踏み入れようとすると、パッと玄関扉が開いて子供が元気よく走り出てくる。
??「あっ、千尋お兄ちゃんだ!」
それは小学一年生くらいの、男の子だった。
千尋「……あぁ、来てたのか」
 男の子は千尋を見ると、嬉しそうに駆け寄る。
男の子「ねぇ、千尋お兄ちゃん! ボク、新しい曲が弾けるようになったんだよ!」
 その子はカバンの中から大きな楽譜本を取り出す。
男の子「ほらほら、見てくれる!?」

千尋「どれだ……?」
 千尋は立ち止まると、男の子が楽譜のページを広げるのを待った。

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男の子「これこれ、ほら、難しそうでしょ?」

千尋「そうだな……」
 千尋が微笑んで頷くと、男の子は嬉しそうに笑顔になる。
男の子「前のも難しかったけど、やっと今日、先生から合格って言ってもらえたんだ! お兄ちゃんのおかげだよ?」

千尋「……俺の?」
男の子「うん。だってお兄ちゃん、教えてくれたでしょ? 練習以外にうまくなる方法はないって」

千尋「あぁ……」
男の子「だからボク、あれから家でもすごく練習したんだ。千尋お兄ちゃんみたいにうまくなれるようにって」

千尋「そうか」
 千尋は微笑むと、ポンッと優しく男の子の頭を撫でる。

千尋「……じゃあ、次の曲も練習して、うまくならないとな」
男の子「うん! じゃあね、バイバイ!」
 男の子は手を振ると、嬉しそうに帰って行った。
 チャイムを鳴らすと、すぐに『はぁい』という声が聴こえてくる。

 そして中からひとりの男性が玄関へとやって来た。千尋は師匠であるその男性に挨拶をする。

千尋「小早川さん、こんにちは」
 するとその男性が、嬉しそうにパッと笑顔になる。

小早川「もう! 小早川じゃなく、ジュリーって呼んでっていつも言ってるじゃない」

千尋「あなたには、小早川正雄という名前があるじゃないですか……」

小早川「その名前では呼ばないで」
 小早川は、嫌そうに首を振る。
 千尋は特に答えず、出されたスリッパを履くとピアノ室へと向かった。

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10/10


小早川「相変わらずそっけないわね」

小早川「アナタのことを、もう長いこと見てきた仲だっていうのに……」

小早川「まぁ、そこがたまらないんだけど」
 小早川は追いかけるように部屋へと入って来て、少し拗ねるように言う。

 千尋は笑顔だけ浮かべ、譜面をセットし始める。
 その様子を見て、小早川は『はぁ~』と、切ないため息をついた。

小早川「今日は、早かったのね?」

千尋「まぁ、たまたま……来るとき道が空いてたので」

小早川「どちらのしてもいい心がけだわ。ねぇねぇ、そういえば、さっきあの子に話しかけられてたでしょ?」

千尋「……あぁ、新しい曲が弾けるようになったとか」
 小早川は窓辺に寄ると、下を見下ろす。

小早川「あらっ、こっち見て手を振ってるわ」

小早川「可愛いわね」

小早川「ほら、千尋も手ぇ振ってあげなさいよ!」

小早川「まったく~千尋ってば、子供にまで人気あるのね。さすがイケメンピアニストだわ」

 そう言ってひとり騒ぐ小早川を気にせず、千尋はピアノの音を確かめ始めた。そして指を慣らすために、ポロンと少しの間、鍵盤を叩き始める。

千尋「……始めていいですか?」
 千尋は鍵盤から一旦、手を離すと、そう言って小早川の方を見た。
 すると小早川が、急に真剣な表情になって口を開く。

小早川「そういえば……この間のことなんだけど」

小早川「……あなた、本当にコンクールに出場するつもりはないの?」
 小早川が窺うように千尋の顔を見る。
 が、千尋はすぐに鍵盤に目を落とし、

千尋「……前にも言いましたが……そのつもりはないです」
 そう表情のないまま、ハッキリと言い切った。
小早川「そう……」

 残念そうに呟く小早川とは裏腹に、メロディは軽快に音を創りだしていく。

 小早川は諦めきれないようにため息を吐くけれど、それも千尋の奏でる音色へと混ざって消えていった――。

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